29人の相続人――遺言がなければ大混乱に

先日、こんなご相談をいただきました。

「高齢の叔父が入院中で、余命は長くても1か月ほどと言われています。叔父は『面倒を見てくれているあなたに全部を託したい』と言ってくれているのですが、相続人が誰になるのか分からず不安です」

相談者の方は、叔父さまを長年支えてこられました。しかし相続の仕組みを考えると、「全部を渡す」と言葉で約束しても、その通りにはならない可能性があります。そこで、急ぎ遺言作成を検討することになりました。

叔父さまの家族関係は複雑だった

お話を伺うと、状況は想像以上に複雑でした。

 

  • 叔父さまは90歳を超えるご高齢。ご結婚歴はなく、お子さまもいません。
  • 兄弟姉妹は8人いましたが、叔父さまは末っ子で、既に全員他界。
  • 幼少期に養子に出ていたため、養子先にも兄弟姉妹が7人いた。

 

つまり「実家側の相続人」と「養子先側の相続人」が二重に存在するのです。相談者の方も「具体的に何人になるのか、全く分からない」と戸惑っておられました。

病室での公正証書遺言

叔父さまの病状を考えると、残された時間は限られています。

通常、公正証書遺言は公証人と証人2名が同席の下、公証役場で作成しますが、今回は病院に出張してもらう手配をしました。

鹿児島の病院は遠方でしたが、何とか日程を調整し、病室で遺言を作成することができました。

数週間後、叔父さまはご逝去されました。

遺言執行者には当事務所を指名していただいていたため、その後の相続手続きを引き継ぐこととなりました。

相続人は全国に散らばり29人

遺言があるからといって、相続人の調査を省略できるわけではありません。相続登記や預金解約などを行うには、被相続人の戸籍を出生から死亡までたどり、相続人を確定する必要があります。

調査の結果、判明した相続人は――

 

  • 実家側の甥姪:18
  • 養子先の兄弟姉妹:妹1人と、亡くなった兄弟の子ども10

 

合計29名。

調査過程で、両親、養母、既に亡くなった兄弟姉妹8人、養子先の亡くなった兄弟姉妹6人の総勢17名の出生から亡くなるまでの戸籍戸籍を収取し、さらにご生存されている相続人29人の現在戸籍の収集も必要でした。

中には、途中、引っ越しで他県に転籍されているかたもいらっしゃり、相続人の戸籍を集めるだけで、全国の役所に問い合わせをし、数十通以上の謄本を取り寄せる大掛かりな作業となりました。

遺言がなければどうなっていたか

29名の相続人の多くは互いに面識がありません。日本全国に散らばって暮らしています。

もし遺言がなかったら、29人全員の合意がなければ遺産を分けることができません。署名・実印・印鑑証明を取り交わし、全員の同意をそろえるのは至難の業。中には「なぜ今さら関わらなければならないのか」と不満を抱く方が出てきても不思議ではありません。場合によっては、相続協議がまとまらず、財産が宙に浮いたまま何年も動かない事態も起こり得たでしょう。

しかし今回は遺言があったおかげで、叔父さまの「面倒を見てくれた人に財産を託したい」という思いがそのまま実現しました。

まとめ

相続は、本人や家族が思っている以上に相続人が広がるケースがあります。特に子どもがいない方の場合、甥姪が20人、30人と相続人になることは決して珍しくありません。

「自分は結婚していないし子どももいないから、相続は簡単なはず」――そんな思い込みが、後に大きなトラブルを呼ぶこともあるのです。

今回の事例は、遺言の有無が相続の行方をどれほど左右するかを、改めて強く示してくれました。